高知地方裁判所 昭和51年(モ)240号 判決 1978年4月20日
申請人 中屋知恵
右訴訟代理人弁護士 山原和生
同 土田嘉平
同 梶原守光
同 山下道子
被申請人 株式会社ミロク製作所
右代表者代表取締役 井戸千代亀
右訴訟代理人弁護士 大川惺曠
主文
申請人と被申請人間の当庁昭和五一年(ヨ)第四〇号従業員地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が昭和五一年五月二七日になした仮処分決定はこれを認可する。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請人
主文第一項と同旨
二 被申請人
1 本件当事者間の高知地方裁判所昭和五一年(ヨ)第四〇号従業員地位保全仮処分申請事件について同裁判所が昭和五一年五月二七日になした仮処分決定はこれを取り消す。
2 申請人の本件仮処分申請を却下する。
3 訴訟費用は申請人の負担とする。
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 被申請人会社(以下、会社という)は、各種捕鯨砲製造、修理、販売並びに各種猟銃及び民生用火器製造、販売等を業とする株式会社である。
申請人は昭和四二年四月一日会社に雇傭され、以来銃床の磨き及び塗装を担当してきたものである。
2 申請人は毎月二七日限り給料金九万一一五〇円(これは昭和五〇年一二月分、昭和五一年一月分、同年二月分の平均賃金)を受け取っていた。
3 ところで、申請人は昭和五一年二月二七日被申請人から同月二一日以降退職者として取扱う旨の通知を受けたが、後記のとおり本件解雇は無効であり、申請人は依然として会社の従業員としての地位及び賃金請求権を有するところ、申請人は共働きではあるが、子供二人にも経費を要し、夫の収入だけでは生計を維持できず、本件賃金は欠くことのできないものであるので、本案判決の確定を待っていては回復し難い損害を蒙る。
4 そこで、申請人は「被申請人は申請人を被申請人の従業員として取り扱わなければならない。被申請人は申請人に対し昭和五一年二月二七日以降毎月二七日限り一か月金九万一一五〇円の割合による金員を支払え。」との仮処分を申請し、「被申請人は申請人を被申請人会社の従業員として取り扱わなければならない。被申請人は申請人に対し昭和五一年二月二八日以降毎月二七日限り一か月金九万一一五〇円の割合による金員を支払え。」との主文第一項掲記の仮処分決定をえたから、その認可を求める。
二 申請の理由に対する答弁
1 申請の理由1は認める。
2 同2は否認する。
3 同3のうち申請人が昭和五一年二月二七日被申請人から同月二一日以降退職者として取扱う旨の通知を受けたこと及び申請人が共働きであることは認め、その余は否認する。
三 抗弁
(解雇)
1 昭和四六年に改正された就業規則四条には「従業員の採用、身分、昇格、役付の任免、転勤、出向、転籍、退職、解雇、その他人事一般については、所属責任者と協議のうえ、社長がこれを決定する。……」同四四条には「会社は業務の都合上従業員に転勤、出向、転籍を命じ、又は職場の転換、職種、職階の変更を命ずることがある。同項の場合、正当な理由がなければこれを拒むことが出来ない。」同四五条には「従業員は転勤、出向、転籍を命ぜられた場合はその期日までに必ず着任するものとする。但し、特別の事由があって着任の延期を必要とする場合は、その事由を具した文書を会社に提出してその承認を受けたときは、一定の日時着任を延期することができる。」との規定があるところ、会社には左のとおり申請人に対して転籍を命ずる業務上の必要性があったので、会社は申請人に対し右各規定にもとづき本件転籍命令を発した。
(一) 会社は猟銃及びライフル銃の製造、販売を主たる業務としており、その技術の特殊性から生産販売台数は日本でも有数の企業に位置している。ところが、現在の不況と外国競争会社の莫大な資本攻勢に対処していくためには、第一に生産技術の合理化、第二に企業の分離化を徹底し、管理体制を高め、受注を拡大していくことが必定となる。その一環として傍系関連会社の塗装部門を一本化する必要性が生じ、ここに株式会社ミロク塗装(以下、申請外会社という)を設立し、昭和五〇年五月二一日付で会社の景平和平を代表取締役として転籍させた。そして、申請外会社は会社の塗装部門の独立という形態をとり、これまでの物的施設である工場、機械をそのまま使用し、仕事内容も従来の塗装関係の仕事を継続させた。しかも、これまで塗装部の作業をしていた従業員全員をその同意をえて申請外会社に出向させた。ところで、このとき会社が敢て管理体制があいまいになり、生産の向上に非能率な出向という処置をとったのは、申請外会社の経営状態を観察し労働条件の低下を心配したためであったが、申請外会社の昭和五一年一月三一日付決算報告書からもはやその心配はないものと判断し、出向従業員を転籍させることとした。
(二) 申請人は中学卒業後会社に雇傭され、以来銃床の磨き及び塗装の作業のみをしてきた者である。ところで、前記のとおり会社の塗装部門が独立し、この部門の従業員全員が申請外会社に移行したので、現在会社には銃床の磨き及び塗装の仕事は一切ない。そこで、申請人については会社内で再配置をすることも考えられるが、申請人は非常に華奢な体格をしており、台木以上に重いものを持たなければならない他部門職種は適当でなく、また、これまで一度も他部門への職種替えの申請をしておらず、さらに、昭和四九年会社が行った人材カルテにも他職種への交替を希望せず、かつ、毎年行っている登用試験を一度も受験したことがない。したがって、申請人を再配置することは不可能であり、申請人が二児の母親ということから同種作業のある傍系会社の樺原ミロク、白山ミロクに出向させることも困難であった。
(三) そこで、会社は申請人に対し、昭和五一年二月二一日付で申請外会社への転籍命令を発した。
(四) 仮に、昭和四六年の就業規則四条、四四条にもとづく転籍命令が有効でないとしても、昭和三五年三月に施行された就業規則四条には「従業員の採用、身分、昇格、役付の任免、転勤、転任、解雇その他人事一般については所属責任者と協議の上社長がこれを決定する。」との規定があり、その「転勤」には会社の従業員を傍系会社へ転籍させることをも含むから、本件転籍命令はこれにもとづくものとして有効である。
2 しかるに、申請人は何ら正当な理由がないのに本件転籍命令を拒否したので、会社は就業規則六五条五号の「正当な理由がなく上司の業務命令に従わず職場の秩序を汚したとき」に該当すると判断し、昭和五一年二月二七日申請人に対する「当社は二月二一日以降退職者として取扱いをいたします。」旨の通知をもって解雇の意思表示をし、申請人はそれを受領した。
(営業譲渡)
会社は昭和五〇年五月一日付で塗装部門を申請外会社に営業譲渡したのであるが、営業譲渡の場合、労働者の同意がなくてもその雇傭関係が営業の譲受人に包括的に承継される。けだし、労働者は企業自体に使用されていたものであり、使用者の変更はその労務内容を変更するものではないからである。
したがって、申請人は右営業譲渡と同時に当然会社の従業員たる地位を喪失した。
四 抗弁に対する認否
1 解雇に関する抗弁のうち、昭和四六年の就業規則四四条の内容及び申請人が会社に雇傭されて以来銃床の磨きと塗装の作業に従事してきたこと、被申請人が申請人に対し主張の転籍命令を発したところ、申請人がこれを拒否したこと、そこで被申請人主張の解雇の意思表示がなされたことは認めるが、その余は否認する。
2 営業譲渡に関する抗弁は否認する。本件の場合、動産、不動産の所有権の移転がなされていないから営業譲渡といえるかどうか問題である。仮に、営業譲渡が認められても、本件は営業の全部譲渡でなく、一部譲渡であるため、申請人を他部門へ再配置することが可能な場合である。さらに、本件の場合、雇傭関係を含めた譲渡はなされなかった。したがって、申請人は依然会社の従業員たる地位を有するものである。
五 再抗弁
(就業規則の一方的不利益変更)
昭和三五年三月二一日実施の就業規則及び昭和四一年一二月二五日締結の労働協約には転籍に関する規定がなかったところ、昭和四五年三月二一日締結の労働協約四〇条一項で「会社は業務の都合上組合員の出向及び転籍を必要とするときは本人の同意を得、且つ、組合と協議の上決定する。」旨明記された。しかるに、会社は昭和四六年四月一〇日一方的に右労働協約廃棄を通告し、昭和四六年九月二一日本件就業規則四条、四四条を設けたのである。これによると、会社は一方的判断で転籍を行えることになり、従来転籍については労働者の同意及び組合との協議を前提としていたことからすると、労働者に一方的に不利益な変更を意味する。かかる変更を申請人の同意なくして一方的に行うことは許されず、これを会社と申請人との間の労働契約の内容とすることはできない。申請人が右の変更に同意をしていないことは明らかであるから、変更された条項は申請人との関係では無効である。
(就業規則の周知義務違反)
会社は変更された昭和四六年の就業規則を組合委員長に三通手渡しただけで、現在に至るも周知のための措置をなんら講じていない。したがって、労基法一〇六条違反で右就業規則は無効である。
(正当な理由)
(一) 申請外会社は株式会社とはいえ、個人企業的色彩が濃い会社であり雇傭の不安がつきまとうこと、(二) 労働組合外の身分となること、(三) 会社と申請外会社との社会的地位及び安定性に差があること、(四) 将来の労働条件低下の可能性が強いこと、(五) 被申請人は会社と申請外会社との間で(イ)賃金は会社と同一条件とすること、(ロ)ベース・アップについては会社と同等に上乗せすること、(ハ)有給休暇については会社の特典をそのまま持続すること、(ニ)退職金の支給については会社の勤続年数をそのまま受給資格年数に評価すること、との合意が成立したので転籍による不利益はない旨主張しているが、いずれも会社間の内部的取決めであり、しかも賃金、ベース・アップについては申請外会社は組合の申入れに対し「確約できない。」旨言明していることなどから、申請人が本件転籍命令を拒否するにつき正当な理由がある。
(人事権の濫用)
会社が転籍命令を出すには合理的な理由があることが必要である。ところが、会社は転籍の必要性を何ら明らかにすることなく、塗装部門に従事し、従来会社から申請外会社に出向していた申請人ら二〇名をそのまま申請外会社に転籍させるというもので、これは会社の経営不振あるいは経営合理化を理由にそのしわ寄せを一方的に労働者に向け、労働者を切り捨てるものであり、何ら合理的理由はない。しかも会社は今後の経営見通し等を何ら明らかにすることなく転籍命令の名のもとに実質的解雇を断行したのである。そもそも、転籍は申請人の同意がなければその法的効果が発生しないものであり、申請人に対しその同意を強要するような形で命令を発し、申請人がそれに同意しないとみるや、業務命令違反で解雇するという会社の態度は申請人の自由な意思を無視し、同意を強要するものであり、卑劣極りないものであって、右業務命令は正当なものであるはずがない。したがって、違法な業務命令を唯一の理由とする本件解雇は人事権の濫用として無効である。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁はすべて否認する。就業規則四条、四四条は従来の労使慣行すなわち過去の転籍実績(昭和四一年二月ミロク精機株式会社へ三九名、昭和四三年四月米国ブローニング社へ一名、昭和四四年八月株式会社ミロク銃床へ一名、昭和四五年七月米国ブローニング社へ一名、同年一〇月ミロク精工株式会社へ一名、同年一二月株式会社ミロク銃床へ一名、昭和四六年一月株式会社特殊製鋼所へ一名、同年六月株式会社ミロクパーッへ一名)及び労働協約締結条項を明文化したものであり、しかも、転籍は従業員の意思を無視して行われるのでなく、正当な理由があればこれを拒否できるのであるから、合理的規定である。また、申請人及び申請人所属組合は昭和四六年の就業規則の変更に黙示的に同意した。すなわち右変更後会社は申請人及び申請人所属組合に就業規則を提供し、また、職場にも掲示しその周知徹底をはかってきたし、昭和四六年一一月には従業員をミロク機械株式会社に転籍させたが、申請人及び申請人所属組合からはなんら異議がなかった。なお、申請外会社も会社と殆んど同一の就業規則を有している。
第三疎明資料《省略》
理由
一、申請人は昭和四二年四月一日各種捕鯨砲製造、修理、販売並びに各種猟銃及び民生用火器製造、販売等を業とする株式会社である被申請人会社に雇傭され、以来銃床の磨き及び塗装作業に従事していたこと、右会社は申請人に対し昭和五一年二月二一日付で株式会社ミロク塗装への転籍命令を発したところ、拒否されたので、同月二七日解雇の意思表示をし、申請人がそれを受領したことはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこでまず、右転籍命令拒否を理由とする解雇の当否につき判断する。
1 《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められ、これに反する疎明資料はない。
すなわち、会社、組合間に昭和四五年四月六日に締結された労働協約で初めて転籍条項の明文が設けられ、その内容は「会社は業務の都合上組合員の出向及び転籍を必要とするときは本人の同意をえ、かつ、組合と協議の上決定する。出向及び転籍に伴う労働条件、出向期間等については会社は本人及び組合と協議する。」というものであり、これにもとづいて転籍がなされていたこと。
右協約締結前でも本人の同意の下に転籍がなされていたこと、しかし、会社は昭和四六年一月二八日及び同年二月一〇日組合に対し、同年四月六日付をもって右協約を廃棄する旨通告したうえ、同年九月二一日就業規則を改正し、初めて転籍条項を設け、その四四条で「会社は業務の都合上従業員に転勤、出向、転籍を命じ又は職場の転換、職種、職階の変更を命ずることがある。前項の場合正当な理由がなければこれを拒むことはできない。」、同四五条で「従業員は転勤、出向、転籍を命ぜられた場合はその期日までに必ず着任するものとする。但し、特別の事由があって着任の延期を必要とする場合はその事由を具した文書を会社に提出して承認を受けたときは一定の日時着任を延期することができる。」と規定したこと(但し、右四四条については当事者間に争いがない。)、右就業規則改正後も従来通り転籍は従業員の同意をえて行われていたが、申請人は右転籍条項及び本件転籍に同意しなかったため、右条項が初めて適用されたこと。
2 以上の認定事実によると、会社では従来転籍は従業員の承諾の下に行われ、それに副った労働協約条項も存在していたところ、会社は右協約の一方的な廃棄通告をして就業規則四四条で転籍に関し従業員は正当な理由がなければこれを拒むことができないと定めたのであるが、転籍とは、元の会社を退職することによってその従業員としての身分を失い、移籍先の会社との間に新たに雇傭関係を生ぜしめることで、元の会社との関係においてはいわば新労働契約の締結を停止条件とする労働契約の合意解除に相当するものであるから、従業員はその合意解除契約締結の自由が保障されなければならないのである。
すなわち、転籍は、移転先との新たな労働契約の成立を前提とするものであるところ、この新たな労働契約は元の会社の労働条件ではないから、元の会社がその労働協約や就業規則において業務上の都合で自由に転籍を命じうるような事項を定めることはできず、従ってこれを根拠に転籍を命じることはできないのであって、そのためには、個別的に従業員との合意が必要であるというべきである。しかるに、被申請人はもともとそのような内容の労働協約の定めがあったものを一方的に従業員に不利益に変更したもので、その変更自体無効といわざるをえないが、改正後の就業規則四四条に基づき転籍を命じることもできないといわざるをえない。
したがって、右条項にもとづく転籍命令は無効である。
3 このほかに、被申請人は右転籍命令の根拠として昭和三五年の就業規則四条を主張し、《証拠省略》によれば右条項が「従業員の採用、身分、昇格、役付の任免、転勤、転任、解雇その他人事一般については所属責任者と協議の上社長がこれを決定する。但し場合に依り当該部長又は出張所長に委任することがある。」というものであることが一応認められるが、右条項自体及びその規定位置からみてこれは人事決定者に関する規定でとうてい本件転籍命令の根拠にはなりえないことが明らかである。そうすると、右条項にもとづく転籍命令も無効である。
4 すると、無効な転籍命令に従わないことを理由としてなした本件解雇は就業規則六五条五号の要件を具備しておらず無効といわざるをえない。
三、次に営業譲渡による従業員たる地位の喪失の主張の当否について判断する。
被申請人は営業譲渡により当然に雇傭関係が承継されると主張するが、この見解はとうてい採ることができず、《証拠省略》及び申請人本人尋問の結果一応認められる会社の塗装部門を独立させ申請外会社を設立する際、申請外会社は右部門の全従業員の承継を要求したところ、従業員の反対にあい、会社はこれを断念し、出向させることとした事実からみても、申請人と会社の雇傭関係は当然に申請外会社に承継されなかった事実が窺える。
四、そうすると、申請人は現になお会社の従業員たる地位を有し、賃金請求権を有するといわなければならない。そして、《証拠省略》から右賃金は一か月金九万一一五〇円を下らないこと(支給日は毎月二七日)及び申請人の家庭は夫と子供二人で、共働きの収入合計は昭和五一年二月当時金一五万円位であり、かつ、貯金がないこと(但し、共働きであることは当事者間に争いがない。)が一応認められるから、保全の必要が窺われる。
よって、申請人の本件仮処分申請は理由があると認められるから、先に右申請を認容してなした主文掲記の仮処分決定を認可することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鴨井孝之 裁判官 三谷忠利 都築弘)